「福音を宣べ伝えなさい」

1999年 4月18日

マルコによる福音書16章9~18節

辻中徹也牧師

 

  • 30年ほど昔のヒット曲に「帰ってきた酔っぱらい」があります。飲酒運転で事故を起こし天国に行きますが、天国は「酒はうまいし、ねえちゃんはキレイだ」と言います。しかし、そこに神さまが現れ「もっとまじめにやれー」と地上に追い返されます。

  • 最近、天国というのは、この自分が今この瞬間、ここに生かされていると言うことだと想うようになりました。生きていると、辛さ、苦しみ、悲しみ、不安があります。自分を見つめると罪の深さに気づきます。そんな自分ですが、その自分にすで決着がついていることを聖書は示します。ヨハネの手紙Ⅰの4章10節「神が私達を愛して、私たちの罪をつぐなういけにえとして御子をおつかわしになりました。ここに愛があります。」神の愛を知るために主イエスと出会うように招かれています。主イエスを知るとき私たちは天国を生きる者とされるのです。

  • 今朝の箇所は、マルコ福音書が著された後に付け加えられた部分です。唐突な終わりに問題を感じた後の者が復活の主との出会いと世界宣教への派遣を付け加えたのです。マグダラのマリアとエマオへの途上にあった二人の弟子が復活の主と出会います。その知らせを受けた11人の弟子は「信じなかった」のです。そこへ復活の主は現れ彼らをとがめます。十字架の死を越えてイエスとの出会いを生き生きと生きたマリア、落胆と復活の知らせの驚きの中で復活の主に「心を燃やされた」二人の弟子。彼らの内には主の復活の命と喜びが宿っています。にもかかわらず不信仰で頑なであった弟子はとがめられたのです。

  • 今、ここで、あなたが生かされている瞬間、私も共にいる。いかなる罪も死も私たちを滅ぼすことはできない。私の内に神の愛とゆるしを見出し、信じなさい。そして「全世界へ行って、すべての造られたものに福音を述べ伝えなさい。」この福音を生きるように主イエスは招いておられます。私がどんな者であっても、どんな状況に置かれていたとしても、今、ここに生かされているところから福音を生きる者として生き始めることへ私たちは招かれています。

「恐れることはない」

1999年 4月11日

マタイ福音書28章1~15節

辻中徹也牧師

 

  • 今日の箇所は、イエスの復活の出来事を記した箇所です。この記事を読んで、疑問に思うことがあります。「からだのよみがえり」とは一体どういうことなんだろうと思います。それが肉体の甦りであるならば、信じられないし、不自然だと思うのです。また、空になった墓の伝承を、どう受け止めたらいいのかと戸惑います。

  • マタイ福音書が土台にしたマルコ福音書では、主の復活を知らされた婦人たちが「震え上がり、正気を失っていた。そして、だれにも何も言わなかった。恐ろしかったからである。」と記しています。確かに死んだイエスの復活とは恐ろしい出来事であったのです。それは自然な受け止め方であったと思います。

  • 復活を伝える福音書に共通して記されていることは「あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる。」という言葉です。ガリラヤはイエスが生きて働かれた場所です。病人や障がいを持つ者を癒やし、「罪人」と食卓を囲み、神の国の到来を宣言された場所です。ガリラヤという場所へ私達が立ち戻るとき、私達は生きておられる主イエスと出会うことが約束されているのです。そこで、主イエスの甦られた「からだ」と再び出会うことが赦されるのです。

  • 来週は教会総会です。「共にある」という視点から私達の成した活動をもう一度ふりかえり、さらに「共にある」ことへ向かって歩み出すときに、主の生々しく生き生きと生きておられる「からだ」に私達は出会うことを約束されています。「恐れることはない」と、喜びが備えられ、生きた主と出会う道が開かれているのです。

「十字架への道」

1999年3月28日

ルカによる福音書19章28~44節

辻中徹也牧師

 

  • イエスがエルサレムに入城したとき、乗っていたのは子どものロバでした。当時、馬は闘いの武器でありました。ローマ帝国は多くの軍馬を持ち、戦いに勝利すると威風堂々と馬にまたがって凱旋をしました。ユダヤ人には馬を所有することが許されていませんでしたので、庶民の生活に欠かすことのできない動物でした。

  • この箇所の背景にはゼカリヤ書9章9~10節の言葉があります。ここではロバは平和の使者を運ぶものです。おそらく大柄であっただろう元大工のイエスが子ロバ乗る姿は滑稽に見えたかもしれません。しかし、それは平和のしるしとして旧約聖書の約束の実現としてのエルサレム入城でした。

  • ロバが背負った重さは、乗せている人間が背負っている使命の重さでした。今、ロバが乗せている人間は「死に至るまで神に従順」な歩みをしているのです。神は、徹頭徹尾人間を愛するためにイエスが十字架で殺されることさえもなさるのであり、そのために、この人は苦しみの一週間を開始しようとしてるのです。

  • 神の尺度によって人間が評価されることが素晴らしいと理解し、神の平和こそが完全な平和であることを承認するならば、現代に生きる私たちも「主がお入り用なのです」という言葉が投げかけられているのです。私たちは「神によって必要とされている」という自分を発見し、その自分を承認したいものです。この時に、私たちは恐れや、不必要な気遣いや、自信のなさ、いい加減さ、自己中心さ、そのような自分に縛られないで、相手を理解する自由さを喜べるのです。「神によって必要とされている」自分の具体的な現場を確認しながら生きてまいりましょう。

「主がなさったこと」

1999年3月21日

マルコによる福音書 第12章1~11節

説教者 辻中徹也牧師

 

  • マルコ12:1~11のたとえにおいてもぶどう畑はイスラエルの地、その所有者は神であります。したがってこのたとえは、イザヤのぶどう畑の歌と同様に、神とイスラエルの関係をかたるものとして読むことができます。しかしここではイスラエルの民全体を問うているのではなく、祭司長、律法学者、長老という民の指導者のあり方を問うています。彼らは(農夫たち)は神の期待にこたえられなかっただけではなく、神に叛逆し、神から遣わされた預言者たち(たとえでは僕たち)を侮辱したり、迫害したり、殺したりします。最後には神はイエス(たとえでは愛する息子)を遣わすのですが彼らはぶどう園を自分たちのもにしようとしてそのイエスを殺してしまうのです。そこで神はイスラエルの指導者を滅ぼし、その地を「ほかの人たちに与えるに違いない」と記されています。本来「ぶどう園と農夫」のたとえは9節の叛逆したイスラエルの指導者に対する神の裁きをもって頂点に達し、終わっていたと思われます。ところがこの話しには10、11節の言葉が続いています。これは詩篇118編22~23の引用です。「聖書にこう書いてあるのをよんだことはないのか。『家を建てる者の捨 てた石、これが隅の親石となった。これは主がなさったことで、私たちの目には不思議に見える』」。この引用の言葉によって、殺害されたイエスを神は復活させられ、受難と復活をとおしてイエス・キリストが教会の礎石となられた、そこに神の救済の計画が実現したということを示しているのです。

  • ぶどう園の主人は農夫たちが心配なく働くことのできる完備されたぶどう園を作りました。「垣をめぐらし、搾り場を掘り、見張りのやぐらを立て」たのです。これは、イスラエルを選び、守り育む神の愛を示し、指導者たちに対する神の期待を示しています。そして主人は「それを農夫たちに貸して、旅に出ました」。神は愛の関係の中に、すべてを託して旅立っておられるのです。神が旅立っておられるというところに人間の生の現実があります。人を与えられた自由を行使する者として生かすために、神の旅立ちがあったのです。ぶどう園はこのようにして農夫たちに貸与されました。しかし、決して彼らはその所有者ではないのです。しかし主人の不在は、農夫たちにとって残虐な罪を犯すほどの自由をうんでしまったのです。

  • やがて収穫の時がきます。それは農夫たちにとっては危機のときでさえあったのです。主人のもとから三人の僕が派遣されます。最初の僕は袋叩きにされ、次の者は頭を殴られ、侮辱され、三番目の僕は殺されてしまいます。5節の後半には「多くの僕を送ったがある者は、殴られ、ある者は殺された。」とあります。異常なほどの多数の僕たちの派遣と多大な僕の苦難と犠牲は、まさに預言者たちが神から遣わされ、しかし、民に拒否され、あるいは殉教させられたことについての長い経過がしめされています。それはユダヤ教の伝統的預言者感であり、このたとえを成立させる背景ともなっています。農夫たちの叛逆はイスラエル指導者の罪を示しています。神が貸し与えられたものを神のために用いず、ただ自分のために用い、神の配慮を利用するのです。彼らはその危険な事態に警告し悔い改めを告げる預言者を逆に憎しみ続け、神に抗う者となっていくのです。しかし、神は次々に自分の僕としての預言者を送り込まれます。それは人々の回心を願い続け説得に当たる神自身の忍耐でありました。

  • ついに神である主人は、事態を収拾させるために父に変わる法的全権をもつ息子が送られます。しかし、この息子を農夫たちには殺害し、ぶどう園の外にほうり出してしまうのです。神の忍耐を裏切り、傷つけ続けた「農夫たち」の叛逆を考えるとき、それにも関わらず愛する息子が派遣されたことは理解を絶する神の恵みを表しています。ヨハネが福音書に記したように「神はその一人子をお与えになったとほどに、世を愛された。一人子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。」という福音がそこにしめされています。しかし、差し出された神の手を農夫たちは断ち切ってしまったのです。「さあ殺してしまおう。そうすれば、相続財産は我々のもになる」それが人間の抱く幻想であることに人間は気付かないのです。人間は自分の力で立ち、自分で自分の人生を支配することができるという幻想を持つこととによって、神のみ手を断ち切り、御子を殺し、捨て去るのです。しかし、人間にとって自分の人生とは、神から貸し与えれら、ゆだねられたぶどう園であって、その所有者は神であるのです。

  • わたしたちの人生、ぶどう園でも労働の日々なのかもしれません。人生の主人たる神は遠く、そして日毎に忘れ去られていくのです。いつしか人は自分を自分の人生の支配者と思い、それに執着し、その実りを独り占めしようとします。しかし収穫の時がやってきます。人生の四季それぞれの実りを「神に喜ばれる、生きた聖なる供え物としてささげ」、生かされているいのちと恵みを分かち与えられる<時>がやってくるのです。

  • しかし、不思議なことに、この<時>は人間には多くの場合ひとつの危機、そのまえで立ち往生してしまう時として経験されるのではないでしょうか。病むときがそうでありますし、人生の途上で出会う様々の危機もまたそうであります。この<時>を危機として経験することの中に、「主人」の不在のなかで過ごしてきた人間の現実があると言えないでしょうか。神の不在の持つ意味は人間の現実のなかでは、しばしば隠されています。けれども<危機>はこの隠されている真実を発見する「機会」チャンスでもあるのです。たとえば病が、忘れ見失われていた人生の本当の「主人」の存在に気付かせ、神の愛と配慮によっていのちと賜物をゆだねられた「神のぶどう園の農夫」としての自己の人生を見渡す機会を与えると言うことがあるのです。人間は人生の途上に出会う様々の危機をとおして何度も何度も神からのメッセージを受けるのです。この細くて遠い声を聞き分けることは強情な私たちにとって困難なことです。ついに神は「メガホン」を持ち出され、自分が自分の主人だといわんばかりの私たちの幻想や夢から呼び覚まされるのです。

  • 人生の収穫を心から神にさしだし分かち合うまでに、私たちは本当の主人である神に対して残虐な農夫のような者としてしか生きれない現実を持っています。十字架で血を流すイエス・キリストという、捨てられた者として、捨てられた者の病をおい、罪を負うことによって「癒やし」を与え「救済」をあたえて下さる方を私たちは与えられています。

    「家を建てる者が捨てた石、これが隅の親石となった。これは主がなさったことで、私たちの目には不思議に見える。」十字架のイエス・キリストによって、神がなさったことを、仰ぎ見つつ歩んで参りましょう。

「落胆しません」

1999年3月14日

コリント信徒への手紙 第4章1~6節

説教者 辻中徹也牧師

 

  • パウロは律法を遵守することが救いに至る道だと信じ、それゆえ律法を守れない者を切り捨てていったあり方から、主イエスこそを神の子と信じるて生きるあり方に唯一の救いがあるのだという世界へとは生き方を変えることができました。そこに「主イエスから自分は憐れみをうけた。そしてこの福音を宣べ伝えることを務めとして託されている」という確信に立つ歩みが生み出されました。

  • パウロがコリントの教会を去ったあと、「大使徒」と呼ばれる人々からの推薦状を携えてコリントへ入った教師たちが、コリント教会の大勢を味方に付けてパウロの説いたのとはまったく異なった福音を説き、まったく別の方向へ引っ張っていこうとしていたのです。彼らはグノーシス主義者と呼ばれる人たちで、霊と体を二元論的にとらえ、霊的なものは重んじるが、肉体的なものはおとしめるという思想を持つものたちでした。その結果として彼らは地上における倫理的生活を軽視する傾向にあったと言われています。彼らは、パウロを中傷し、彼は信用ある推薦状を持たないものだと言い、よこしまな野心から自分を売り込もうとしているとふれまわったようです。しかしながら、このような窮地に立たされたなかでパウロは言うのです。「私たちは、憐れみを受けた者としてこの務めをゆだねられているのですから、落胆しません。」つまり迫害者でありながらも復活の主イエスとの出会ったという、主イエスの憐れみに触れ、務めをゆだねられたという、パウロの活動の源泉を見据えることによって、事態がたとえ窮地に立たされていようとも「落胆しません」と力強く語ることができたのです。パ ウロは真理と出会っています。主イエスの迫害者であったにもかかわらず、主イエスが憐れみ赦し愛して下さった。その福音に立っているものとしての自分自身を判断するのは「すべての人の良心」である。パウロは自分の持つ真理は良心によってかならず受け入れられるものだという信念を持っていたのです。

  • しかし、それにもかかわらず、パウロが与えられている福音を福音として受け入れられない人もいると言うことをパウロは語ります。「私たちの福音に覆いが掛かっているとするなら、それは、滅びの道を辿る人に対して覆われているのです。」パウロがコリントの信徒への手紙Ⅰの1:18に記しているように「十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です」ということがここに於いても人間の現実の姿として指摘されているのです。この「滅んでいく者」の不信と頑なさは「<この世の神>が信じようとはしないこの人々の心の目をくらました」からである、と、福音宣教に立ちはだかる<この世の神>に捉えられた人間のあり方を指摘しています。<この世の神>は捕らえた者に「神の似姿であるキリストの栄光に関する福音の光が見えないようにしたのです」とパウロは記します。<この世の神>と言う表現でパウロが表しているのはグノーシス主義者が言うところの「人間を救いに導く知恵」と読めます。グノーシス主義者は自分たちはこの「グノーシス」と呼ばれる知恵を持っていると誇りにしているのですが、そう思っている彼らこそが福 音の真理を見失っている、<この世の神>に思考をくらまされているというきつい批判を行っているのです。彼らには「キリストの栄光に関する福音の光がみえない」のです。グノーシス主義者は、グノーシス的な救済者のイメージを持っていました。彼らはそこから「キリスト」を理解しようとします。彼らにとっては復活者であり昇天者であることがキリストの栄光でありました。しかし、パウロが説く栄光は本来の意味の栄光とは相容れない逆説的なものです。パウロに於いてキリストの栄光とは、悩みと恥にまみれた十字架の姿に他ありません。グノーシス主義者には十字架によって痛めつけられ、苦難をおったキリストの中にある「栄光」は無意味なものでしかりませんでした。肉体を離れ天に昇り、復活した霊的なキリストにしか「栄光」という意味を見出すことができなかったのです。悩みと恥にまみれた十字架のキリストの姿の中に、あふれ出ている神の愛を受け止める、そういう者にこそ、パウロの語る「キリストの栄光」の輝きを仰ぐことがゆるされるのです。<この世の神>に曇らされた目には、この輝きは見えてきません。現実のなかで十字架を負うことを忘れた者たちの目にも、それは 見えてきません。十字架の栄光の輝きは価値の尺度が逆転されない限り見えてこないのです。壮大な礼拝堂、美しいステンドグラス、パイプオルガンの響き、金ぴかの衣、大会衆の熱狂の中にキリストの栄光があるのではありません。キリストの栄光は、踏みつけにされて生きる人々の側に立つ者のところに、奪われた人間性の回復を求める者の闘いの中に、苦しむ者の苦しみを共に担う者の歩みの中に、「世の目からは覆われた栄光」として見出されるものであります。パウロがそのように語り、記すことができた根拠が次の言葉に示されています。「わたしたちは、自分自身を述べ伝えるのではなく、主であるイエス・キリストを述べ伝えている」からです。敵対者たちがこの世の神に目をくらまされているという主張する根拠は、パウロたちが何も自分を売り込んでいるわけではなく、キリスト・イエスが主であると述べ伝えているのに、それを受け止めることができないのであったら、そう言うほかないからであります。

  • パウロの宣教の中心点は徹頭徹尾「キリスト・イエスが主である」と言うことです。このメッセージは自分を売り込むなどという類のものではなく、それどころか、その宣教者をして徹底的に「僕」の位置に立たしめるものであります。「主」を告白すると言うこと、「主」を宣教すると言うことは「僕」として生きるという以外の場からは、真実な言葉とはなり得ないのです。パウロの言葉はさらにもう一段先に向けらられています。すなわち、パウロにとってイエスの「僕」であるということは、教会の「僕」となることにおいて具体化されるということです。「わたしたちは、イエスのためにあなたがたに仕える僕なのです。」というのです。パウロはコリント教会に対しても、自分を売り込み、勢力を張り、支配するどころか、裏切られ、踏みつけられても、仕え、与え、愛し抜いてきたのです。それこそが、パウロの宣教の裏付けであったのです。

  • イエスが主であることを、自らが「僕」として生きることによって宣べ伝えるのは、創造の神が、われわれの心の闇に光を照らしてくださったからだとパウロは記します。パウロは信仰が与えれるという奇跡を、天地創造における「光」の創造に匹敵するものとしています。このとき、パウロの心には、自分の回心の体験が思い起こされていたにちがいありません。それは、神からの光が彼の魂の闇を破った出来事であり、その時にパウロは新しい存在に造り替えられたのです。キリストの栄光に目を開かれたキリスト者は、新しい創造のみ業における、新しい「光」の存在のしるしであるのです。「イエス・キリストのみ顔に輝く神の栄光を悟る光」とは、恥のきわみである十字架のキリストの「苦難」の「顔」にこそ、神の栄光を仰ぐことができるという認識を与える「光」であります。それは、創造者の「光あれ」という言葉によって、奇跡的な出来事としてのみ生み出される認識をもたらし、われわれを「僕」の道へと立ちいでさせずにおかない、決断を伴う認識を産みださずににおかない「わたしたちの内に輝く光」であります。だからこそ、まことの宣教者の道は僕の道であるとパウロは教えてい るのです。

  • 島松伝道所はこの地に生み出されて45周年を迎えました。多くの人々の祈りと働きによって、生み出され、また歩みを続けてきました。「落胆」せずにおれないような困難や危機がきっと何度となく乗り越えられてきたにちがいありません。パウロが「落胆しません」と語り得たように、私たち島松伝道所にもまた「落胆しません」と語りうる、信仰の光と力とが与えられてきましたし、今もまた与え続けられています。「イエス・キリストのみ顔に輝く神の栄光を悟る光」が私たちにも常に与えられ続けてきたからです。パウロが教えたように、主を告白し、主を宣教する、「僕」として歩む決意を新たに与えられる事を祈り求めつつ、また、これまで与えられた導きを感謝しつつ、今、この時代を、この場所で生きる教会として「キリストの栄光」を仰ぎ見るものとして、宣教の歩みを共に担い合って歩んで参りましょう。

「神の前に立つ」

1999年2月28日

ルカによる福音書 第20章20~26節

説教者 辻中徹也牧師

 

  • 祭司長たちと律法学者が手を組み「正しい人を装う回し者」を遣わし「皇帝への税金」が律法に適っているかどうか問わせたのは、イエスを陥れようとした罠だった。

  • イエスはデナリオン銀貨に誰の肖像と銘があるかと問われた。そこには皇帝ティベリウスの胸像と「崇高なる神の子、崇高なるティベリウス」と記されていた。イエスは「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」と答えられた。

  • 回し者の問いには、皇帝に税金を納めてその支配を受け入れることは神をないがしろにすることだと言う前提がある。その一方、皇帝への税金を否定すれば皇帝の権力に突き出してやろうというもくろみがある。どちらにせよ彼らはイエスを抹殺するために皇帝の権力を利用しようとしている。それは皇帝の支配を承認し皇帝の権力に寄り頼んでいることに他ならない。

  • 皇帝が自らを「崇高なる神の子」と自称し権力を主張し支配を貫こうとする状況のなかで、それらにからめ取られず、どのように自分が本当により頼むものに寄り頼む自由を保ち、自分らしい生き方を選び取っていけるかが問われている。「神のものを神に返す」歩みを問い、求めつつ歩んでいきましょう。

「永遠の命の言葉」

1999年2月21日

ヨハネによる福音書 第6章60~71節

説教者 辻中徹也牧師

 

  • 「五体不満足」(乙武洋匡著)を読んだ。先天性四肢切断と言う障がいを持つ著者は、「僕には負けないことがある、それは手足がないこと」さらに「障がい者にはできないことがある一方、障がい者にしかできないこともある」と記している。障がい者だから特別にというつきあいをしない親、友人、教師に恵まれ、「心のバリアフリー」のために活動するという自分の役割を発見し生き生きと自由に生きている。

  • イエスはご自分を「命のパン」と宣言された。「命」と訳されている語はギリシャ語の「ゾーエー」。これは躍り上がらんばかりに輝く命、今日で言えば、最高の生き甲斐にある状態を意味する。イエスを信じ、イエスをとおして神が「私」を愛してくださっていることを受け入れ、イエスの歩みにしたがうことが「命のパン」を食べることだ。しかし、多くの弟子たちは理解できずイエスのもとを去っていった。ところが12弟子を代表するペトロは「あなたは永遠の命の言葉をもっておられます」と告白し、イエスのもとにとどまった。

  • 「どうして人を殺していけないんですか」。あるテレビ番組で若者が大人に問うた。その場で応えられなかった作家の柳美里さんは「他者から承認されると言う回路が開かれるところにしかその答えは存在しない」と語られた。かつてケンカに明け暮れた大関千代大海は「これ以上オマエを育てる意味がない。オマエを殺して私も死ぬ」という母親の切羽詰まった言葉にショックを受け相撲界には言った。今、彼は相撲は天職、自分が一番輝ける世界だ言う。存在を承認されるところに居場所が生まれ、命が輝き、生き甲斐が生まれる。私たちは聖書をとおして、教会の交わりをとおして主と出会うことが許されている。

  • 「ソニー社長 出井伸之のホームページ」を読んだ。音楽家の坂本龍一氏は「感じ方がおじさんぽくない」と評している。社員との対話を大切にし、社長業を楽しみ、趣味の世界をも楽しまれているのに感心したが、もの足りなさを感じた。神さまとの関係がそこには見えてこない。先日、癌で天に召されたY牧師は、神さまとの関係を喜び、誉め讃え、証して死を迎えられた。永遠の命の言葉を持つ主イエスに生かされ、生かし合う歩みを祈り求めていきたい。

「見えないもの」

1999年2月14日

ヨブ記 12章2~10節

洞爺湖教会 村上浩康兄

 

ご存知の方も多いと思いますが、ぼくは家族と共に『いのちの園』というものをやっています。この4月が来れば『いのちの園』は丸4年を迎え、いよいよ5年目に入ろうとしてます。この『いのちの園』という名前には”そこに生きるすべてのいのちたちが何からも脅かされずにいきいきと生きることができる空間であるように”という願いが込められています。『いのちの園』では、畑を借りて農薬。化学肥料。空気を汚す恐れのある機械をなるべく使わずに野菜たちを育て、それを全国の友人。知人に送ったり、また今日の午後に予定されているような音楽活動をしながら、ぼくたちが様々ないのちたちとのやりとりの中で感じさせられていることを共有する時間を作っています。もともとは畑の仕事だけだった『いのちの園』でのぼくたちの活動を「農業をやっている」と言って下さる人もいるんですが、結局ぼくたちはさっき言った様な空間にする為には何が必要なのかを模索しているだけなんですね。畑の仕事や音楽活動はただその一部だと思っていただいたほうが、ぼくたちの大切にしようとしているものが逆に分かりやすいかも知れません。

どんないのちにとっても、食べ物は生きていく上でどうしても必要なもので、人間にとってもそれは間達いなくそうだと思うし、ぼくたちはお金のあるなしに関わらず安全な食べ物を食べる権利を誰もが平等に持っているんじゃないかと思うんです。それに野菜たちだってひとつのいのちだし、いのちに値段なんかつけられないと考えて、育てた野菜たちに値段をつけずに「それぞれの経済状態に合わせてお支払い下さい」と言って送っています。野菜たちと一緒にぼくたちいろんな思いがつたわればいいなァと思って、普通の産地直送と区別するために、そのやりとりをぼくたちは「分かち合い」と呼んでいます。もちろん今では音楽活動も含めて、ぼくたちが生きていく上でのすべてのいのちたちとの相互関係の総称として使っているつもりです。

『いのちの園』の野菜たちを友人や知人に分かち合ってもらう時に、支払われるものが特にお金である必要もないと思ってはいるんですが、ぼくたちが生活していく上でお金でないと精算できないものが今のところあるので、とりあえず今はお金と交換していただくことで、ぼくたちの生活の一部を支えていただいています。最初は「値段が決まっていないと買いにくい」と言う意見もあったんですが、様々なやりとりの中で”いのちにとっての本当の食べ物の価値”というものを一生懸命考えて下さる人たちに恵まれて、今ではそのことについて何か文句のある人は特にいないようです。買って下さる人たちによって野菜たちの値段が違うわけですが、ほとんどの人が町の相場よりも高い値段で買って下さっているんです。それはとてもありがたいことなんですが、残念なのはそれでも手作業の畑だけではぼくたち家族が生活していく収入にはならないということです。だからと言って、そのままでは無農薬や無化学肥料に付加価値をっけて高く売っている野菜たちと、結果的には変わらなくなってしまうので、上乗せして下さった分のお金を利用して、毎年年末に東京・名古屋・大阪と昨年から加わ った横浜の野宿労働者の炊き出しに「『いのちの園』に関わるみなさんから」ということで、そんなにたくさんの量ではないのですが野菜たちを送ってきました。「分かち合い」というのは、自分たちだけが潤うためのものではなく、自分の力の及ぶ範囲内で、支えられていることと支えることの両方を認識することだと考えます。とかくキリスト教の世界では「支えらていることに感謝」という言葉は聞いても、「支えることができて感謝」なんて言葉はあまり聞きません。謙虚っぽくなくて、イメージじゃないからでしょうか。でも簡単に考えれば、支えられている側があるってことは支える側があるってことで、ひとっのいのちの中にはその両方が同席しているとぼくたちは考えるのです。

昨年3月に、機会を与えられてぼくはべラルーシという国に行かせてもらいました。これはあのチェルノプイリ原発事故で被害を受けた人たちの支援のためで、北海道にある民間の支援団体に北海教区が関わっているところから出てきた話なんですが、一応その団体として計4名で行ってきました。ぼくはそれに参加するまで、チェルノプイリで原発事故があって相当ひどい被害があったということは知っていたのですが、その後の状況などにっいては全く分かっていませんでした。大体、チェルノブイリという場所が本当はウクライナって国にあって、風向きの関係でその北に位置するべラルーシのほうが被害が深刻だってこともその時に知ったくらいですから。でも後で聞いたら、そういう人は結構多いんだそうです。で、その時のべラルーシ渡航でぼくたちがとった支援の形というのは、前もってそれぞれの医療施設に支援額を伝えて、その中で買える範囲の今一番必要な物を医療施設から医薬品会社に注文しておいてもらい、その契約の時にお金を持って行って立ち会うというものでした。なんでそんな面倒臭い形をとったのかと言えば、経済マフィアによる支援物資の横流しを防止するためで、現在ひど いインフレ状態にあるべラル-シは、その関係で経済マフィアが多いんです。べラルーシでは、都市にある大きな病院2件と放射能被害の最前線にある小さな診療所2件の計4件をぼくたちは訪れました。施設自体も大きく、様々な国からの支援を受けているように見える大きな病院よりもむしろ、本当は最も支援を必要としているのに頻繁には手が差し延べられない実情の中に置かれている最前線の診療所に行った時のほうがぼくにとっては多くの学ぴがあったように思います。特にその診療所に滞在中、許可を得て立ち入り禁止区域に入ってチェルノプイリ原発をこの目で見てしまった時のことです。立ち入り禁止区域というのは放射能がもうヤバいくらい残っているんでそうなっているわけですが、放射能ですから、ここに柵があって向こうはヤバくてこっちは大丈夫とかそういう話ではないんです。一応チェルノブイリ原発から30km範囲が立ち入り禁止となっているみたいですが、診療所の人は「この町はチェルンブイリから27kmだ」って言っていましたから、実際それもしっかりした測定がされていないのだと思いました。少し話がそれましたが、その立ち入り禁止区域の中に放射性生物保護区というのがあ って、そこで生息している様々な生物への放射能の影響やその体内にどれだけ放射能が残っているのかなどを研究している機関があるんですね。もちろんその機関自体は安全圏にあります。その研究所の副所長さんの案内で、ぼくたちは立ち入り禁止区域内を回りました。チェルノブイリ原発の他にも、かつてはここに村があったというような場所などいろいろ見て回ったのですが、ぼくには行く道での副所長さんの話がとても心に残りました。彼の話は、ぼくたちの目的とはまるで関係のないようなビーバーのダムやオオカミの賢さについて、それから道が悪いのはイノシシのせいだとか、そういう話がほとんどでしたが、それらの話でぼくは彼がどんなにかこの土地を愛している事を理解した気がしました。そしてこれは原発保有国には発表されなかったことなのですが、1992年にべラルーシで380ha、ウクライナで1,000haの汚染地の森が燃える火災が発生して、その灰に含まれた放射能が再ぴ辺りの村を汚染したことがあったそうです。そして、焼けたその土地の放射能を計ったら森があった時の何十倍もの数値だったという話を聞いた時、ぼくは深い衝撃を受けました。どういうことかというと、森の木々 が多量の放射能を体内にとどめていたということです。人間はその土地を捨てる事もできます。どこへも行けない彼らが、人間のした事の被害を一身に受けながら、尚もその土地の外へ汚染が広がるのを防ごうとしたのではないかとぼくには思えてならなかったのです。

原子力発電所のようにその危険性がある程度はっきりしていても、放射能そのものが目に見えないので、危険性よりも便利さを優先させてしまう甘さが人間にはあります。先進国と呼ばれる国々が「これは人間にとって必要だ」と言ってやっていることが、いのちそのものを脅かしているという図式がこの星にはたくさんあります。しかも大抵の場合、脅かされるのはその便利にあやかっている人間から一番縁遠いいのちたちからということになっている気がします。人間の世界だけを見てもそうです。

先程のチェルノプイリ原発の事故も、そこに生きる動植物たちへの被害はもとより、被害を受けた人たちの多くは馬車にランプというおおよそ電気とは無縁な生活をしていたのだというのですから、溜め息も出ません。何より、そういう事実を知りながら原子力発電所からも供給されているであろう電気に振り回された生活をしているぼく自身を許せない気になります。人間が科学の大きな進歩によってその生活に潤いを持つことができても、実際にそれで潤っているのはほんのひと握りの人間だけであって、この星全体が潤うにはほど遠い感じがします。

神様は様々なものを与えてくれます。ぼくたちクリスチャンは、人間は神様が特別に作った生きものなので、他のどの生きものたちよりも優れていて、今この星で人間がこれだけ進歩してているのは、神様が人間にそれだけたくさんの特別な能力を与えてくれているからだ、と考えがちです。でもぼくはその考えが間違っているように思えてなりません。

人間が特別だと思っているその能力を駆使して開発したものには、必ず犠牲を伴うような欠陥があります。その欠陥を補うために新しいものを開発し、その繰り返しによって人間はどんどん進歩しているという人もいますが、そこには大きな落とし穴があると思うのです。

なぜなら、その進歩に伴う犠牲は減るどころか増加の一途をたどっているからです。人間は特別だという意識が、人間は完全ではないという事実を受け入れ難くしていて、そのために傷つき苦しめられるものがあっても、その犠牲すら正当化してしまっているのではないでしょうか。それに比べて人間以外の生きものたちの世界にはそんな理不尽な犠牲はありません。それらの生きものたちは、人間の目にはあたかも、特別な能力を持たないがために、ただ与えられたいのちを次の世代を残すだけに費やしているかのように映りますが、彼らは自らの能力の限界を認識した上でその純粋な生き方を選択しているのかも知れない、とぼくは思うのです。

神様はいつもぼくたちに様々な能力を与えると同時に、それを用いるかどうかの”選択の自由”というものも与えているとぼくは考えています。例えばそれは、ウランから原子力を作り出す能力を与えるのと同時に、それをどう使うかもしくは使わないかの選択を与えているということです。

現在では、原子力に加えクローンや遺伝子操作など、人間の領域を踏み外しているようにも思えることが様々ありますが、基本的にいのちはそのどれもがそれ自身の意思とは関係なく神様から与えられ、そして奪われるものです。”望まれないいのち”なんて言われ方もありますが、それはあくまでその誕生に携わる側の勝手な言い分であって、生まれてくるほうには何の疑いもないわけです。だからこそ、生まれてきたいのちの中で必要とされていないいのちはないだろうとぼくは考えます。

必要とされているからこそ、そこにいのちが与えられるのだと思うし、そしてまたそれぞれに何か役割みたいなものが与えられているに違いないと思うんです。人間中心に考えれば「不必要だ」と思われるいのちでも、他の何かにとってはもうなくてはならない存在なんだってことが絶対あると思うんですよね。人間は人間としての、動物は動物としての、植物は植物としての、昆虫は昆虫としての、微生物は微生物としての役割をちゃんと持って生まれてきてるはずだとぼくは信じています。そしてそれぞれの世界の中でもきっと、そのひとつひとつに役割があり、それを果たすことでちゃんと支え合って生きていけるようになっているんじゃないかなと思います。神様が与えてくれるものの中で、ただひとつだけ間違いなく選択の余地のないものがいのちである、という信念が『いのちの園』の根源です。人間以外の純粋に生きるいのちたちがなるべく多く存在しているところに身を置くことで、彼らの発している目に見えず耳に聞こえないメッセージを取り込むことができるのではないかと考えて、ぼくたちはまず畑の仕事を選択したのでした。周りのいのちたちを見るにつけ、どう考えても人間が一番そ の役割を見失っているような気がしますので、ぼくはぼくといういのちを生きていく上での責任を果たすために、やはりぼく自身の役割というものをもっと探求しなくてはいけないと思っています。

「天に宝を積む」

1999年1月31日

マタイ福音書6章19~21節

説教者 濱田裕三牧師

 

  • 「富」と「止める」は言葉の語源が同じだという説がある。古今東西の権力者はお金や物、言葉、情報を「止め」て「富」を地上に積んだ。地上に「富」を積んでも、その権力はまた新しい権力によって「富」を失う。「虫が食ったり、サビついたりする。「天に富を積みなさい」「天」に富を積む「富」とはなにか。お金か物か?良い行いか?1人1人が神の期待に応えるように良い行いをする事。他人の力に頼らず、自立した生き方をする事は大切なことである。しかし、「行い」も「独占物=独りだけに止まるもの」である限りは、お金や物と変わらない。良い行いをずっと続けることは大変なことだし、いつかボロが出る。「虫が食ったり、サビついたりする。」

  • 「富」みんなのもの、分かち合うことができるもの。「天」とは神の心が実現されるところ。「天に富を積む」とは神の思いが実現する場で物、お金、行いを分かち合うこと。言い替えるとお金や物、行いを分かち合う場が「神の国」=「天」なのではないか。

  • べてるでみんなと働いていると、聖書の読みがおもしろくなってくる。ベテルは98年度2つの新しい事業を始めた。1つは「べてるトラベルサービス」、もう一つは「べてるドリームバンク」。このバンクには変わった特徴がある。「お金預かります貸します」は銀行だからあたりまえ。お金だけでなく「苦労や悩み、病気や弱さ」も預かります。貸し出します。この銀行が生まれるきっかけは、95年から始まった総会での全国幻覚妄想大会。この大会で、タブーだった幻覚や妄想に人が生きていく上で大切なメッセージが隠されていたことがわかった。「楽しい」「豊かだ」「新しい発見があった」。「1年に1回じゃおもしろくない」という声が多く、定期的に幻聴ミーティングをはじめた。さらに「今週の苦労ミーティング」これなら誰でも参加できる。1週間の苦労を語り合い「いい苦労をしたねと」みんなで拍手をする。こうした体験を繰り返すことで世間では、また本人にとっても以前はマイナスだった「苦労や悩み、病気や弱さ」が、みんなで共有できる大切な財産であることがわかってきた。

  • 浦河教会もべてるに刺激されて「弱さ」を神から与えられた「恵み」ととらえ。弱さを開示し合う教会を志向するようになった。言葉も分かち合えるようになってきた。流れを「止める」キリスト業界用語が減り、教会に日常会話が戻ってきた。浦河では以前から「昇る生き方から」「降りる生き方を」ということを合い言葉にしてきた。「みんなで弱さを出し合い弱さを受け入れ合いながら降りて行く。仲間と一緒に降りる。下にはみんなが安心できる場がある。さらに豊かになるためには掘り下げる作業をする。地下には人間にとってなくてはならない大切な金鉱脈がある。」今日の「天に富を積む」に通づる「言葉」だ。「弱さを神から与えられた恵み、共有の財産として分かち合う」このことを島松教会も実践してきた。神にとっての「宝」の箱、みんなにとっての「富」の箱である教会を大切にしていきたい。

 

*べてる→「ベテルの家」。浦河教会を拠点に、日高昆布などを販売する小規模作業所、グループホーム、福祉ショップ、会社などからなる精神障がいを持つ人やアルコール依存症を持つ人たちを中心にしグループです。ベテルの発信するメッセージはとにかく面白く、奥深い。ほっとしたり、こちらの「当たり前」をひっくりかえされ、うならせられるような発見があります。べてるの輪は全国に広がっています。(辻中)

「まことの礼拝」

1999年1月24日

ヨハネ福音書4章19~26節

説教者 辻中徹也牧師

 

  • この箇所には、ヤコブの井戸のそばで主イエスとサマリアの女が出会った出来事が記されています。この出会いにおいてイエスは二つの境界線を越えて女に近づかれています。

  • 一つはサマリア人とユダヤ人のあいだに横たわる民族の壁です。アッシリアの占領政策によりサマリアは他国人と混ざり合いました。それはユダヤ人にとって受け入れがたいことであり、両者は敵対関係にありました。もう一つは男と女という立場の違いです。サマリアの女にとって、女であることは社会から受け入れられず、人目をはばかって水くみをしなければならないような現実でありました。それは、彼女が5人の夫との結婚に破れ、今や夫ではない男と連れ添っていたからです。

  • イエスの「水を飲ませて下さい」という語りかけは、この女が他者との交わりに生きること、他者に与えて生きることへの招きでありました。女にとっては暗闇に差し込む一条の光であったのです。女はイエスに「主よ」と応え「あなたは預言者だとお見受けします」と言いますが、礼拝すべき場所についての議論を持ちかけ、近づかれたイエスをとおまわしに拒否しました。

  • イエスは「まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時がくる。今がその時である」と宣言され「わたしを信じなさい」と応えられました。民族の隔て、立場のちがいという境界を越えて女に近づかれた主イエスを通して、わたしたちは神の霊を受けて真理をもって神の前に立つ礼拝の時を与えられます。「魂の渇き」を潤すまことの礼拝は、イエスの愛と出会い、イエスによって示される神と出会う場に生まれるのです。